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東京高等裁判所 平成10年(ネ)2249号 判決 1999年6月15日

主文

一  控訴人(附帯被控訴人)の本件控訴を棄却する。

二  被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴に基づいて、原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、金二億五八七〇万円及び内金一億三二九一万円に対する平成七年一月二六日から、内金一億二五七九万円に対する平成七年七月三一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は(附帯控訴を含め)、第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

四  この判決の二1の項は、仮に執行することができる。

理由

一  原判決の理由一、二に判示するところは、次のとおり当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、当裁判所の判断と同じであるから、これを引用する。

(当審における控訴人の主張に対する判断)

1(一)  第二特許発明の構成における「混合し撹拌することにより(粘稠な組成物を得る)」という要件については、特許請求の範囲の記載からその技術的意義が一義的に明確ではないので、明細書の発明の詳細な説明の欄を参酌するに、原判決の理由二2(二)(1)の認定に係る本件公報2の発明の詳細な説明の欄の記載によれば、第二特許発明における混合撹拌とは、硫酸ナトリウム-水系に硫酸カルシウム2水塩を添加後、ある程度の複塩が析出し、これによってスラリーの粘度が上昇するまでの間、撹拌・混合を継続することを意味するものと認められる。控訴人は、複塩の結晶が系全体に充満してマトリックスを形成するまで撹拌・混合を継続しなければならないかのように主張するけれども、採用することができない。

(二)  控訴人は、控訴人製法において、硫酸カルシウム添加後の撹拌により複塩を生成・析出させてそのマトリックスを得ていることが立証されていない旨主張する。

しかし、控訴人製法において、硫酸カルシウム2水塩の添加後に撹拌をしていることは当事者間に争いがないところ、原判決の理由二4の判示のとおり、イ号物件においても硫酸ナトリウムと硫酸カルシウム2水塩の複塩が検出されており、控訴人製法において、硫酸ナトリウム-水系に硫酸カルシウム2水塩を添加している以上、固液分離防止作用を有する複塩(マトリックス)が全く形成されていないとすることはできないものである。そして、控訴人製法で添加される成分は、第二特許発明の特許請求の範囲に記載されている成分をすべて含み、その他の成分も明細書中に記載されたものであるし、控訴人製法が右発明とは全く異なる作用効果によって蓄熱材としての効用を発揮していることを窺わせるに足りる証拠もないから、控訴人製法が第二特許発明とは全く別個の蓄熱材の製造方法であると評価することができないことも、原判決の理由二4の判示のとおりである。したがって、控訴人製法においても、硫酸カルシウム2水塩添加後に固液分離防止作用を有する複塩(マトリックス)が形成されるまで、すなわち、ある程度の複塩が析出し、これによってスラリーの粘度が上昇するまで撹拌しているものと推認されるものである。

(三)  控訴人は、第二特許発明の発明者自らの実験でも、ヒートバンク38の製造において、硫酸カルシウム2水塩添加後約八〇分撹拌した後に初めて粘度上昇が起こること及びその後二〇分くらい撹拌を継続した後に初めて粘稠になることが証明されている旨主張する。

しかし、《証拠略》によれば、控訴人製法によった場合、硫酸カルシウム2水塩添加前、添加後共に粘度は撹拌の速度によって変化するが、同じ速度で撹拌した場合には、撹拌開始後一五分ないし二五分程度後から粘度上昇が開始することが認められる。これに反する甲第一六号証の記載は、その実験目的及び使用された粘度計の性質からみて、《証拠略》に照らし正確なものとは認められないし、また、右認定に反する乙第四九、五三号証の記載は、《証拠略》に照らし採用することができない。

(四)  また、控訴人は、ヒートバンク38の製法においては、硫酸カルシウム添加後四〇度で約一〇分撹拌後、撹拌を継続しながら細長いポリプロピレン製パイプに一本当たり約一〇秒で充填し、一バッチ当たり九〇本を約一五分で終了していたから、ロ号製法においては、複塩の生成・析出による粘稠化は起こっていない旨主張するところ、乙第五一号証には、ヒートバンク38の製造方法について、硫酸カルシウム2水塩を加えた後の工程について、<1>五分間撹拌する、<2>直ちに定量充填装置の漏斗状槽に投入し、五分間撹拌して均一化し、この間、チューブポンプでの循環も行う、<3>均一化後は、撹拌を続けながら漏斗状槽の下部出口の下方から混合物をポンプアップし、ポリプロピレンのパイプに充填する、一バッチで九〇本のパイプを充填するが、一五分程度で全部の充填が終わる旨の記載がある。

しかし、右記載は採用することができない。その理由は、次のとおりである。 (1) 弁論の全趣旨によれば、控訴人は、<1>第一特許発明に関する特許権の侵害差止仮処分命令申立事件において、平成六年九月二九日付準備書面によってイ号物件の製造方法がイ号製法であることを主張して、その疎明方法として関東電化の担当部長名の陳述書を提出し、<2>原審において、平成七年九月一一日付準備書面によって、イ号物件の製造方法を硫酸カルシウム2水塩を最後に添加するロ号製法の順序による旨の主張をし、<3>硫酸カルシウム2水塩を加え、四〇度で六〇分間、撹拌下で混合して蓄熱材を製造した旨の記載がある乙第一一号証の一、この方法によって製造された蓄熱材を構造解析したとする乙第一一号証の二及び右蓄熱材を「蓄熱材(ヒートバンク38)」とする記載がある乙第一二号証を提出して、平成七年一二月六日付準備書面によって、「イ号方法においては、…硫酸カルシウム2水塩は最後に添加されているため、硫酸カルシウム2水塩と硫酸ナトリウムとの反応によるマトリックスが形成されにくい。このことは、イ号物件中に硫酸カルシウム2水塩が相当量存在している事実からも明らかである。」と主張し、<4>「ヒートバンク三八の製造においては、硫酸カルシウム2水塩を添加した後三五分程度でパイプに充填し始め、五〇分程度で充填を終了していた」との記載のある平成一〇年三月二五日付口頭弁論再開の申立書を提出し、<5>当審に至って、平成一〇年六月二日付準備書面によって、当審における控訴人の主張のとおり主張して、乙第五一号証を提出したことが認められる。ところで、イ号物件の製造方法は、控訴人側のみが把握している重要な事実であるが、控訴人の主張に係る事実関係がこのように頻繁に変更される理由について、首肯できる説明がされているとは認められない。

(2) 乙第五一号証には、温度コントロール材係の作業日誌の一部の写しと称するものが添付されているが、仮に右写しの記載が真実であるとしても、それは、定量充填装置を用いる作業の所要時間が一バッチ当たり三〇分以内であったことが認められるに止まり、硫酸カルシウム2水塩を加えた後、定量充填装置に投入するまでに撹拌された時間について、これが右控訴人主張の<1>のとおり五分間であることを認めるに足りる証拠はない。したがって、乙第五一号証に記載された硫酸カルシウム2水塩を加えた後の全体の撹拌時間の裏付けとなる資料はない。

(五)  また、乙第五一号証には、均一化後時間をかけすぎると混合物の粘度が上がって流動性が低下し、内径約二四ミリメートルのパイプに混合物を充填する工程が実施不能になる旨の記載があることが認められる。そうすると、同証によっても、右混合物は、パイプに混合物を充填する段階では、粘度が上がってきているものと解されるところ、《証拠略》によれば、右粘度が上がる原因は、硫酸ナトリウムと硫酸カルシウム2水塩の複塩の生成にあると認められる。右事実も、硫酸カルシウム2水塩添加後に固液分離防止作用を有する複塩(マトリックス)が形成されるまで、すなわち、ある程度の複塩が析出し、これによってスラリーの粘度が上昇するまで撹拌していることを推認させるものである。

(六)  以上のとおりであるから、控訴人は、控訴人製法によって、イ号物件を製造しているものと認められ、これを否定する控訴人の主張は、採用することができない。

2  控訴人は、第二特許発明について平成五年五月二八日付手続補正書によりされた補正が明細書の要旨の変更に当たることを前提として、ロ号製法について先使用権を有する旨主張する。

しかし、《証拠略》を総合すれば、右補正は、発明の名称及び特許請求の範囲の記載のみを補正するにとどまり、発明の詳細な説明の欄の記載は一切変更されていないものであるところ、発明の詳細な説明の欄では、硫酸カルシウム2水塩の添加量が三重量パーセント未満であっても、シリカ系増粘剤の添加によって固液分離防止の効果を補い、全体として安定した固液分離防止の効果が得られる蓄熱材を製造することができる旨が右補正前から開示されていたものであって、右補正は、明細書の要旨の変更に当たるものではないと認められる。控訴人の主張は、その前提を欠くものであって、採用することができない。

二  控訴人の被った損害について

1  主位的主張について

特許権者が、特許発明を実施していない場合には、特許法一〇二条二項は適用されないと解すべきであるところ、被控訴人においてその逸失利益の賠償を請求する期間中に製造販売していた物が第二特許発明の実施品ではないことは、被控訴人も認めるところであるから、被控訴人の主位的主張に係る逸失利益の主張は理由がない。なお、積極損害については、被控訴人の予備的主張においても主張されているから、被控訴人は、主位的主張のうちの逸失利益の主張が理由がないとされる場合には、予備的主張の判断を求めるものと解される。したがって、以下、予備的主張について判断する。

2  予備的主張一について

(一)  弁論の全趣旨によれば、控訴人は、第二特許発明の出願公告日の後の日である平成五年一二月一日から平成七年七月三一日までの間に、イ号物件を組み込んだ潜熱蓄熱式電気床暖房装置(ヒートバンクシステム)を合計一二億〇六〇〇万円で販売し、平成七年七月三一日当時、九三二八枚のイ号物件を在庫として保有し、その後、右在庫品を組み込んだヒートバンクシステムを合計八五四〇万円で販売し、したがって、右販売額の合計額は一二億九一四〇万円となることが認められる。

《証拠略》によれば、被控訴人のイ号物件を組み込んだヒートバンクシステムの販売において、平成七年一一月に総額二六四〇万円で受注した掛川老人ホームにおける工事費を除く受注単価は、一平方メートル当たり一万六五三〇円、平成八年五月に総額六三〇万円で受注した足立新生苑における工事費用を除く受注単価は、一平方メートル当たり二万九二五〇円であり、この二件についての工事費用を除くヒートバンクシステムの一平方メートル当たりの価額の平均は二万二八九〇円であることが認められ、以上の事実によれば、ヒートバンクシステムの販売単価は、一平方メートル当たり二万二八九〇円と認められる。

そうすると、ヒートバンクシステムの販売数量は、次の式により、五万六四一七平方メートルと認められる。

一二億九一四〇万円÷二万二八九〇円/平方メートル=五万六四一七平方メートル

(二)  《証拠略》によれば、被控訴人は、平成五年一二月ころから平成七年七月ころには、イ号物件と競合する「スミターマル」を組み込んだ潜熱蓄熱式電気床暖房システムである「スミターマルシステム」を販売し、全国各地で控訴人の「ヒートバンクシステム」と競合して受注競争をしており、右スミターマルシステムは、控訴人の第二特許発明の侵害行為がなければ販売することができた物であること及び被控訴人は、右スミターマルシステムについて、現実の販売実績に加えて、五万六四一七平方メートル以上の実施の能力を有していたことが認められる。

もっとも、控訴人は、被控訴人の主張する逸失利益は、第二特許発明の実施による利益の喪失ではなく、別発明の実施による利益の喪失であり、第二特許発明の侵害との相当因果関係は否定される旨主張する。しかし、スミターマルシステムがヒートバンクシステムと競合し、受注競争をしている以上、スミターマルが第二特許発明の実施品ではないとしても、そのことによって直ちにその販売機会の喪失が第二特許発明の侵害と相当因果関係がないということはできない。

(三)  《証拠略》によれば、スミターマルシステムには、乾式の「ルナセラー」とモルタル埋め込み式の「ルナホット」の二種類があるところ、両者の一平方メートル当たりの売上額から、それを達成するために増加すると想定される費用を一平方メートル当たりに割り付けて控除した額の平均は、一平方メートル当たり一万一五六六円であることが認められる。したがって、右がスミターマルシステムの一平方メートル当たりの利益の額と解される。

もっとも、控訴人は、ヒートバンクシステムは、モルタル埋め込み式のルナホットに対応するものであるから、平均単位数量当たりの利益額は、ルナホットの額を用いるべきである旨主張する。しかし、「ルナセラー」も「ルナホット」も、同じ潜熱蓄熱式電気床暖房システムであり、潜熱蓄熱式電気床暖房システムの顧客層が、乾式とモルタル埋め込み式で競合しないと認めるに足りる証拠はないから、控訴人の主張は、採用することができない。

(四)  《証拠略》によれば、スミターマルは、スミターマルシステムを構成する一要素に過ぎないことが認められるから、スミターマルシステム全体に占めるスミターマル及びイ号物件の寄与度を考慮すべきであるが、潜熱蓄熱式電気床暖房装置という性質上、蓄熱材が機構上も商品価値の構成上も必要不可欠な重要な要素であることは明らかであるから、スミターマルシステム全体に占めるスミターマルの寄与率は、少なくとも六〇パーセントとみるのが相当である。

(五)  《証拠略》によれば、平成五年一二月ころから平成七年七月ころには、潜熱蓄熱式電気床暖房システムの市場占有率は、被控訴人が三五パーセント、控訴人が三五パーセント、その他の企業が三〇パーセントであったこと、被控訴人のスミターマルシステムは、他の企業の製品とも競合していたことが認められ、右事実によれば、控訴人の譲渡数量である五万六四一七平方メートルのうちの七五分の三〇に相当する数量、すなわち、二万二五六七平方メートル(一平方メートル未満切り上げ)については、控訴人の第二特許権の侵害行為がなくとも、他の企業が受注し、被控訴人は販売することができないとする事情があったものと認められる。

(六)  そうすると、被控訴人は、特許法一〇二条一項により、次の式による二億三四九〇万円を被控訴人が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる。

(五万六四一七平方メートル-二万二五六七平方メートル)×一万一五六六円/平方メートル×〇・六=二億三四九〇万円(一万円未満切り捨て)

3  右被控訴人は販売することができないとする事情があった数量についての 予備的主張二について

(一)  前記2のとおり、右被控訴人は販売することができないとする事情があった数量、すなわち、控訴人の販売した数量のうち、二万二五六七平方メートルについては、特許法一〇二条一項に基づく損害の額とすることはできない。しかし、被控訴人は、予備的主張二として、同条三項に基づく損害賠償を請求しているところ、右は、予備的主張一が全く認められない場合に止まらず、一部認められた場合にも、その残部について同項に基づく請求をする趣旨と解される。そして、同条一項に基づく損害賠償の請求が全く認められなかった場合には同条三項に基づく損害賠償の請求の余地があるのであるから、同条一項に基づく損害賠償の請求が一部認められなかった場合にも、右一部について、同条三項に基づく損害賠償の請求の余地があるものといわなければならない。そこで、右二万二五六七平方メートルについて、予備的主張二の逸失利益を判断することとする。

(二)  《証拠略》によれば、被控訴人が第二特許発明に関して通常受けるべき実施料率は、五・二六パーセントであることが認められる。そして、《証拠略》によれば、イ号物件は、ヒートバンクシステムを構成する一要素に過ぎないこと及び潜熱蓄熱式電気床暖房装置という性質上、蓄熱材であるイ号物件は、機構上も商品価値の構成上も必要不可欠な重要な要素であることが認められる。したがって、ヒートバンクシステム全体に占めるイ号物件の寄与率は、少なくとも六〇パーセントとみるのが相当である。

そうすると、被控訴人が第二特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額は、次の式のとおり、右二万二五六七平方メートルに、ヒートバンクシステムの一平方メートル当たりの販売単価二万二八九〇円を乗じた額の六〇パーセントの五・二六パーセントである一六三〇万円を下ることはないと認められるから、被控訴人は、特許法一〇二条三項により、右同額を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。

二万二五六七平方メートル×二万二八九〇円/平方メートル×〇・六×〇・〇五二六=一六三〇万円(一万円未満切り捨て)

4  予備的主張三について

控訴人主張に係る逸失利益のうち、控訴人の第二特許権の侵害行為と相当因果関係があるものが、前記2の認定に係る二億三四九〇万円と前記3の認定に係る一六三〇万円の合計である二億五一二〇万円を超えるものと認めるに足りる証拠はない。

5  積極損害について

(一)  控訴人は、積極損害の損害賠償請求権の消滅時効を援用するところ、被控訴人の主張に係る事実によっても、右損害に係る被控訴人の請求権の消滅時効の起算日が平成九年五月二二日となるということはできないし、また、控訴人による右消滅時効の援用が、権利濫用ないし信義則違反であるということもできない。

(二)  《証拠略》によれば、被控訴人主張に係る外部費用のうち、<1>は、被控訴人等が平成八年二月一三日に財団法人化学品検査協会にヒートバンク38等の分析を依頼したことによって発生したものであり、<2>は、被控訴人が平成六年にヒートバンク38を購入したことによって発生したものであることが認められる。そうすると、右各費用に係る損害賠償請求権は、附帯控訴日(平成一一年二月一九日当裁判所附帯控訴状受付)までには、いずれも消滅時効により消滅したものと認められる。

(三)  《証拠略》には、被控訴人主張に係る内部費用について、被控訴人の主張に沿う記載があるけれども、右は抽象的であって裏付けを欠き、しかも、損害の発生日も不明であって、消滅時効期間を経過しているものも相当含まれていると推認されるにもかかわらず、その区分もないものであるから、採用することができないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(四)  弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、控訴人の第二特許権侵害行為の差止め及び右侵害行為による損害の賠償を請求するため、弁護士である被控訴人代理人に委任して、本訴及び別件仮処分事件を提起したことが認められる。そして、《証拠略》によれば、被控訴人は、被控訴人代理人から、平成一〇年四月二二日に本訴控訴事件及び同附帯控訴事件の着手金として八五九万九五〇〇円の請求を受け、これを支払う必要が生じたことが認められるところ、右着手金は、その性質上本件控訴及び同附帯控訴がなければ支払う筋合いのものではないから、被控訴人は、早くとも、本件控訴提起の日以前には、その賠償請求権を行使し得る程度には損害を知らなかったものと認められる。したがって、右については、消滅時効期間を経過していないものというべきである。当裁判所は、中間利息等諸般の事情を考慮しても、控訴人の第二特許権侵害行為と相当因果関係のある損害は七五〇万円を下ることはないものと認める。

6  以上のとおりであるから、被控訴人は、前記2、3の認定に係る逸失利益と前記5の認定に係る積極損害の合計二億五八七〇万円及びこれに対する第二特許権の侵害行為の日から年五分の割合による損害賠償請求権を有しているものと認められる。しかし、被控訴人は、訴状送達の日の翌日である平成七年一月二六日からの遅延損害金の支払いを求めているところ、右損害額には、平成七年一月二七日以降のイ号物件の製造及びヒートバンクシステムの製造販売による損害も含まれている。そして、《証拠略》によれば、平成五年一二月一日から平成七年一月二六日までの間のヒートバンクシステムの製造販売による売上は少なくとも六億六三五〇万六〇〇〇円(平成五年一二月から平成六年一二月までの売上の合計額)であることが認められる。

そうすると、右損害のうち、右に対応する部分は、次の式のとおり、一億三二九一万円である。

二億五八七〇万円×(六億六三五〇万六〇〇〇円÷一二億九一四〇万円)=一億三二九一万円(一万円未満切り捨て)

したがって、右金額が遅延損害金算定上の右期間の損害額と推定されるから、遅延損害金の算定上、それ以降に発生した損害は、次式のとおり、一億二二一四万円である。

二億五八七〇万円-一億三二九一万円=一億二五七九万円

なお、右金額は、平成七年七月三一日までに製造販売されたヒートバンクシステムの販売による利益のみではなく、同年七月三一日当時在庫したイ号物件をヒートバンクシステムに組込んで販売した利益をも合わせたものに基づくものであるが、平成七年七月三一日時点におけるイ号物件の在庫も、遅くとも同日までにされた第二特許権の侵害行為によって製造されたものと認められる。したがって、遅延損害金の起算日は、一億三二九一万円については平成七年一月二六日、その余の一億二五七九万円については平成七年七月三一日とするのが相当である。

三  結論

以上のとおり、被控訴人の本訴請求は、その余について判断するまでもなく、主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。よって、原判決中控訴人の控訴に係る部分(被控訴人の本訴請求を認容した部分)は相当であって、本件控訴は、理由がないから棄却し、被控訴人の附帯控訴に基づき、右と結論を異にする原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、六七条を、仮執行の宣言について同法二五九条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成一一年四月二〇日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸 充)

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